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今月は、青海波についてです。
この舞は、源氏物語の中に出てくるので有名になりました。光源氏と頭中将(とうのちゅうじょう)が帝の前で、ともに舞ったというくだりです。
でも、そんなすぐに舞える舞かな? と思います。
【曲の由来】
一説には、中国西域地方の青海省の地名を用いたという説。また、和邇部太田麿(わにべのおおたまろ)が曲を作り、良峯安世(よしみねのやすよ)が舞を作り、小野篁が詠を作ったともいわれ、我が国が産んだ舞曲であろうと考えられています。特に、打ち物の奏法に千鳥懸(ちどりがけ)、男波(おなみ)、女波(めなみ)などという粋な美しい名称が付けられています。
【楽曲について】
青海波の楽曲は、現在は盤渉調(ばんしきちょう)が原曲で、それが黄鐘調(おうしきちょう)に移調されたと言われています。しかし、山井清雄氏蔵の笛の楽譜には、「昔者平調曲也而来和御時依初被遷当調子多」とあります。この書物がいつごろ写
されたものかは不明ですが、元々平調の曲であったというのも演奏内容からすればうなずけます。
また、安倍季昌氏蔵の篳篥の墨譜によると、手付け(運指)は現在我々が演奏しているものと同じです。これは安倍季氏(1273〜1353)の篳篥抄を書写
したものです。西暦1200年ごろの譜面の手付けが今と同じということに驚いています。長い歴史があっても、演奏技法は変わっていないことを改めて確信しました。
【装束について】
この青海波の装束は、他の左方襲(さほうかさね)と比べると格段の違いがあり、別
装束です。
頭につける甲(かぶと)から足先まで、すべて千鳥に関わる文様が施されています。
甲では、丸金具は千鳥と霞が使われています。装束では、一番上の袍(ほう)は萌黄顕紋紗に六分波形の文様を幾重にも重ねた地紋です。これを俗に青海波紋と呼びます。その紗の上に表裏会わせて約80か所に千鳥の刺繍が施されています。
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青海波紋
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その下に着る半臂(はんぴ)も別拵えで萌黄地の綾錦に牡丹・唐草・五か・花菱が織りだしてあります。袖先と襟は、紅地金襴に散雲の金箔通
しという豪華絢爛な仕上げです。
さらに、その下の下襲(したがさね)は立浪と霞の刺繍が施され、袖先と襟は紅色の綾織がつけられています。さらに、袴では膝から下は紅地金襴の別
布仕立が施されています。
またさらに、忘緒(わすれお)も半臂と同様に文様生地が使われています。
装束以外には、太刀をつけますが、鞘には千鳥と波文様が蒔絵と螺鈿で付され、金具は枝菊の透彫りになっています。さらに、太刀には垂平緒が下げられ、それにも千鳥と立浪が刺繍された五彩
の房が垂らされています。
以上、説明できないくらい千鳥と波文様にこだわった装束はこれ以外にはありません。
百聞は一見にしかずです。一度、ご覧ください。
【舞振りについて】
左方文舞の名作の一つです。、序にあたる「輪台(りんだい)」が四人舞で、青海波は文舞(ぶんのまい)では珍しく二人舞です。その演出法が、対比的でおもしろいです。
舞振りは典型的な左方文舞の手法が数多く取り入れられています。年限を重ねた熟練された舞人でないと、十分に舞きれません。簡単そうで、奥の深い舞です。
【打ち物について】
舞楽の時、特殊な打ち方をします。
一般的には舞楽の太鼓は、ズンとドウで一拍ずつで打ち、加拍子(くわえびょうし)からは打ち物が倍に加えられるのが普通
です。
この舞では加拍子から男波(おなみ)と呼ばれる打ち方、千鳥懸(ちどりがけ)と呼ばれる打ち方、女波(めなみ)と呼ばれる打ち方、千鳥懸と呼ばれる打ち方を繰り返します。
男波とは、加拍子の後、小拍子5つ目から8つ目までの太鼓と鞨鼓(かっこ)が特殊な打ち方です。また、千鳥懸とは鞨鼓が特殊な打ち方をします。女波とは小拍子5つ目から8つ目までが特殊な打ち方です。
男波は、太鼓の打ち方が1/2拍で左右と早く打ちますから、荒々しく聞こえます。
【演奏について】
この舞は、なかなか見ることができません。楽部でもあまり行いません。地方では、めったに見られません。四天王寺や伊勢神宮や春日大社でも上演されたとは聞いたことがありません。国立劇場で楽部が一度上演したことがあるくらいです。ただ、民間では唯一天理大学が自作で装束を作り演奏することができます。機会があれば、御覧下さい。(by
きっさん )
・・・質問などありましたらきっさんまで
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